東京地方裁判所 昭和47年(ワ)9413号 判決 1974年9月19日
原告 田原茂六
右訴訟代理人弁護士 村井正義
被告 ウイザップタングステン工業株式会社
右代表者代表取締役 加藤博
被告 株式会社偕揚社
右代表者代表取締役 加藤博
右両名訴訟代理人弁護士 松家里明
同 荻原静夫
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の申立
一 原告
(一) 被告ウイザップタングステン工業株式会社(以下被告ウ社という)は原告に対し、同被告発行の株券一、四〇〇株を引渡せ。
(二) 被告株式会社偕揚社(以下被告偕揚社という)は原告に対し、同被告発行の株券四一〇株を引渡せ。
(三) 被告ウ社は原告に対し二三万八〇〇〇円、被告偕揚社は原告に対し六万九七〇〇円及びこれらに対する昭和四九年五月九日から支払済にいたるまで年六分の割合による金員を支払え。
(四) 訴訟費用は被告らの負担とする。
(五) 仮執行の宣言。
二 被告ら
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求の原因
1 被告ウ社はタングステン、モリブデン、フイヤー製造ならびに自動車電装品製造を、被告偕揚社は各種電球部品の製造をそれぞれ業とする株式会社であり、原告は被告両名の取締役であったが昭和四七年九月三〇日付をもってこれを辞任した。
2 原告は被告ウ社発行の株式を次のとおり買取り取得した。
取得年月日
株式数
一株当りの額面
1
昭和四〇年一〇月一五日
二〇株
五〇〇円
2
昭和四三年 四月一三日
二三〇株
五〇〇円
3
昭和四四年 六月一一日
三〇〇株
五〇〇円
4
同 年 八月一五日
三三〇株
五〇〇円
5
昭和四六年 八月 三日
四〇〇株
五〇〇円
6
同 年一一月二〇日
一〇〇株
五〇〇円
7
昭和四七年 九月二六日
二〇株
五〇〇円
合計
一、四〇〇株
3 原告は被告偕揚社発行の株式を次のとおり買取り取得した。
取得年月日
株式数
一株当りの額面
1
昭和四三年一二月二五日
一〇〇株
五〇〇円
2
昭和四四年 六月一一日
九〇株
五〇〇円
3
同 年 八月 七日
二〇株
五〇〇円
4
昭和四六年 八月 三日
二〇〇株
五〇〇円
合計
四一〇株
4 原告は被告両会社の従業員であった関係上、原告の前記各取得年月日ごとに被告ら会社に株券を預けた。
5 右株券はいずれも被告ら会社においてこれを占有している。
6 被告ら会社における決算期間は毎年二月乃至翌年一月三一日となっており、毎年一月三一日の決算期に各株主に対する利益配当額が決まり、その後現実に配当金額が支払われることになっている。
7 被告ら会社は原告に対し昭和四七年二月一日より昭和四八年一月三一日までの決算期間および同年二月一日より昭和四九年一月三一日までの決算期間における各利益配当金を支払わない。すなわち、右各決算期における配当はいずれも一株につき一〇〇円の割合であるが、これより一五パーセントの配当源泉所得税分を控除した金額が現実に支払われるべき配当金額である。従って、原告に対し
(一) 被告ウ社より前記二期間(二年)に現実に支払われるべき配当金額は
1,400×100×2-(1,400×100×2)×15/100=238,000円
(二) 被告偕揚社より前記二期間(二年)に現実に支払われるべき配当金額は
410×100×2-(410×100×2)×15/100=69,700円
となる。
8 よって、原告は被告ら会社に対し株式の所有権に基づく返還請求並びに委託契約に基づく返還請求として請求の趣旨(一)(二)項掲記の株券の引渡および利益配当請求権に基づき同(三)項掲記の判決を求める。
二 請求の原因に対する認否
1 同1項は認める。
2 同2・3のうち原告が退職当時に、被告ウ社の株式を一、四〇〇株、被告偕揚社の株式を四一〇株を所有していたこと、一株の額面金額が五〇〇円であるは認める。原告主張の取得年月日のうち、被告ウ社について、1は昭和四〇年一月一八日、2は昭和四三年四月一八日、6は昭和四六年一一月一五日、7は昭和四〇年一月一八日、被告偕揚社について、3は昭和四四年八月一五日に、それぞれ株主名簿に記載されているが、その余の取得年月日は認める。
3 同4は認める。
4 同5は否認する。
5 同6・7のうち両被告会社の決算期間、原告主張の決算期間に利益配当金を原告に支払っていないこと及び同決算期の配当金が原告の主張のとおりであることは認める。
6 同8は争う。
二 抗弁
1 被告偕揚社については昭和三五年八月一日、被告ウ社については会社設立当初より従業員持株制度を実施して来た。しかして、両被告会社の代表取締役である訴外加藤博は、この制度を強力に実施するため両被告会社の株式を、両被告会社の役員又は従業員に譲渡の都度又は新株式発行の都度当該株式譲受人又は新株式発行による新株主たる役員又は従業員と、両被告会社の役員又は身分喪失を条件として、両被告会社の株式を加藤博に額面金額で譲渡する旨の停止条件付株式売買の合意をしていたものである。
2 請求原因2項の表の内5の株式を除く全株式、同3の表の内4を除く全株式は、すべて訴外加藤博が原告に、前記請求原因に対する認否2項記載の株主名簿に記載の日に、当時の株式の時価に拘らず額面で売り渡したものであるが、その譲渡の都度同訴外人は原告と前記の停止条件付株式売買の合意をしている。
請求原因2の表の内5の株式、同3の表の内4の株式はいずれも額面金額で新株式発行したものであるが、同訴外人はこの新株式発行の時に前同様の停止条件付株式売買の合意をした。
3 原告は昭和四七年九月三〇日両被告会社の取締役を辞任した。よって、前記特約により、本件のすべての株式は当然に訴外加藤博の所有株式となった。
同訴外人は昭和四七年九月三〇日前記株式の売買代金、即ち額面金額合計九〇五、〇〇〇円の弁済の提供をなしたが原告は受領を拒否した。
4 以上により原告主張全株式は訴外加藤博の所有となったので、両被告会社は、この全株式を同訴外人に引渡した。従って、両被告会社の株券の返還義務はない。
四 抗弁に対する認否並びに原告の主張
1 抗弁1の事実は否認
2 同2の事実中新株の発行が額面金額でなされたことは認めるが、本件株式の譲渡人(前所有者)が訴外加藤博であるか否かは不知、その余は否認する。
3 同3の事実中原告が昭和四七年九月三〇日両被告会社の取締役を辞任したことは認めるが、その余は否認する。
4 同4は争う。
5 原告の主張
昭和四一年の商法改正により、定款をもって取締役会の承認を要する旨定めた場合に、株式の譲渡制限ができることとなったが、このことは取締役会の承認さえあれば、いかなる態様の譲渡制限も可能だというのではなく、譲渡制限に関する取締役会の承認にはおのずと合理的根拠がなければならない。本件におけるがごとく、株主資格につき、役員ないし従業員でなくなったときは、従業員に株式を譲渡しなければならないという制限は商法二〇四条一項の許容しないところである。又右の如き内容の合意を会社と個々の株主との間で締結しても同条の趣旨から、許されないことといわねばならない。
第三証拠≪省略≫
理由
一 原告は両被告会社の取締役であったが昭和四七年九月三〇日退職したこと、退職当時原告は被告ウ社発行の株式一、四〇〇株、被告偕揚社発行の株式四一〇株を所有していたこと、右各株式の一株の額面が五〇〇円であったこと、原告の取得年月日のうち請求原因2項記載の表中3ないし5、同3項記載の表中1、2、4については当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、請求原因2項記載の表中1の株式は昭和四〇年一月一八日、2の株式は昭和四三年四月一八日、6の株式は昭和四六年一一月一五日、7の株式は昭和四〇年一月一八日、請求原因3項記載の表中3の株式は昭和四四年八月一五日にそれぞれ株主名簿に記載されていることが認められる。
二 抗弁につき判断する。
≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。
1 被告偕揚社は昭和三〇年頃設立され、現在、従業員約四〇名で、資本金一、〇〇〇万円、発行株式数二万株であること、被告ウ社は被告偕揚社から分離して昭和三六年一月三一日設立され、現在、従業員約二〇〇名で、資本金一、五〇〇万円、発行株式数三万株であること
2 被告偕揚社は昭和三五年八月から被告ウ社は昭和三六年一月の設立当初から、いわゆる従業員持株制度を採用することとなった。右両被告会社で採用した右制度は、右両被告会社の株式の所有者は従業員に限定されるとするもので、これは企業より挙がる利益を従業員への分配、従業員の経営への参画、愛社精神の昂揚等を目的とし、従業員の内の希望者に対し、額面金額で株式を取得させ、株式の譲渡を希望する時及び退職の際は両会社代表者に額面金額で譲渡し、代表者において従業員中から買受希望者を募り額面金額で取得されるということを内容とするものであったこと。
3 右制度の実施にあたり、株式を取得する従業員に対し、両被告会社代表者加藤博あるいは原告より右の趣旨を伝達し同意を得ており、右の同意を明確化するため昭和三八年一二月頃に、両被告会社の会長、代表者加藤博及び原告の三名を除くその余の全株主から「この度私が引受けました株式及、将来引受ける全株式を譲渡するときは、当社取締役会に、引受価格で為し、其他の何者にも譲渡いたしません。」と記載した念書を差入れさせたこと、株式を取得した従業員から両被告会社において株券を預り保管し、株主に預り証を交付していたこと、両被告会社は株主に対し年二割の配当をなしていたこと、
4 両被告会社の株主の内に従業員以外の者として訴外島村喜久弘、同大久保弟次がいたが、両名は被告ウ社川越工場建設の協力者として、従業員に準じて、株式所有を認められたものであったが、この保有期間は島村にあっては昭和三八年一二月一五日から昭和四一年一二月一七日まで、大久保は昭和三八年一二月一五日から昭和四二年三月二一日までであったこと、
両被告会社では昭和三六年七月より昭和四七年九月までの間、原告を除き退職者が合計六九名いたが、これらは全て代表者加藤博に対し額面金額で譲渡され、同人から従業員が買受けていること、
5 両被告会社の各定款には、現在、株式の譲渡には取締役会の承認を要する旨の規定があること、
6 原告は昭和三二年二月一五日被告偕揚社に入社し、昭和三四年頃から経理部長となり、その後両被告会社の常務取締役(総務担当)となり、いずれも株式に関する事項を担当し、両被告会社の従業員持株制度の採用及び実施に当り、従業員に対し右制度の説明を行ったり、3項記載の念書原稿の作成をしたり、従業員中より株式買受希望者を募る場合の社内報の作成をしたり、株主名簿の作成・保管についての責任を持っていたので、原告は自らが前一項認定の株式を取得するに当って、その株式が前3項記載内容の従業員持株制度の下の株式であることを十分に承知して、取得したものであり、昭和四七年九月三〇日の退職に際し両被告会社代表者加藤博との間に感情的な齟齬を生じたが、これ以前は、退職の場合には額面金額で所有株式を両被告会社代表者加藤博に譲渡する意思であったこと、
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫。以上の認定事実によれば、原告は、一項認定の株式を取得した際、原告と両被告会社代表者加藤博との間に、原告が両被告会社の役員又は従業員の身分喪失を条件として、株式を加藤博に額面金額で譲渡する旨の黙示的な契約をなしていたことが推認できる。
原告は、右の契約は商法二〇四条一項に違反すると主張する。しかしながら、右条文は当事者間の個々的債権契約の効力に対し直接規定するものではなく、本件における従業員持株制度の目的、内容及び従業員たる株主に対する利益配当額の程度などからみて、右契約は商法二〇四条一項の趣旨に違反する無効なものとはいえないと解すべきであるから、右主張は採用できない。
従って、原告所有の全株式は昭和四七年九月三〇日の原告の退職と同時に、両被告会社代表者加藤博に譲渡されたこととなるので、抗弁が理由がある。
三 よって、その余の判断をなすまでもなく原告の請求はすべて失当であるので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 荒井真治)